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【工房芳純】とは。。。




                   刺子袢纏の絵付けを通じ、
         あなたの郷土愛や心ときめく瞬間を
         共に形として創造する工房です!


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e0036796_23292221.gif刺子袢纏制作【工房芳純】
http://www.sashiko-hanten.jp/


055.gif  工房芳純へメール
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by koubou-yoshizumi | 2010-03-12 21:40 | ●【工房芳純】とは。。。

【工房芳純】とは

         刺子袢纏の絵付けを通じ、
   あなたの郷土愛心ときめく瞬間
    共に形として創造する工房です!

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                      ~ 経営理念 ヨリ ~
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by koubou-yoshizumi | 2008-05-26 05:56 | ●【工房芳純】とは。。。

絵刺子袢纏への思い


~~ 工房芳純 旧ホームページ ヨリ ~~

私の住む町は、人口一万八千人弱の小さな町ですが、秋祭りには三日間で延べ数万人が訪れます。風流形式の山車祭りなのですが、山車の製作には数ヶ月をかけ、武者人形、歌舞伎人形、造花等で飾りつけます。そして運行では、勇壮な太鼓とともに誇らしく引いて歩きます。
150人から300人の老若男女で構成される各組は、この期間はお互いを良きライバルとして、製作に運行に熱い時期を過ごします。

 東北の秋祭りということで、朝晩はかなり冷え込むため保温性に優れた刺子半纏は必需品で、私が所属する組では200人近くが同じデザインの伝統ある半纏や刺子を着用しています。最終日に山車が地元に戻った頃には、裏に絵が施された『絵刺子半纏』を着用した数十名は、一斉に半纏をひっくり返し、自慢の絵柄を誇らしげに出して 、祭りはクライマックスに。夜のライトアップされた山車とともに、多数の錦絵が浮かび上がる様子は 、とても壮観な眺めであり身震いする場面です。

 祭りの魅力に取り付かれた私も、裏に絵が施された『絵刺子半纏』が欲しかったのですが、今では骨董品としてしか入手する方法が無く、納期・金銭面から手に入れることがなかなか出来ませんでした。それならば、自分で製作しようと約20年程前思いたち、現在に至って おります。

 一着ずつそれぞれが手書きですので 、※一枚として同じものはありません。また、それぞれが違った絵であったほうが、より粋であると思っています。表側が同じデザインの半纏であっても、裏は全員違う絵が入っている。他人に見せびらかすことなく、個々が隠された個性や思いを背負って、胸を張って祭り等に望むということがすばらしい事であり、この時代だからこそ大切なことだと考えています。そして、自分が着た半纏とその時の思い出が、子や孫や、その先の時代まで受け継がれていくのです。



   ※ 例え、描く絵柄を同じものを選ばれたとしても
     着る方それぞれの体系・肌色・お好みのオプション等...
      個性で描き方・構図が異なります。 
  
          現在の価格体制で、限られた原画からのチョイスですと
          他の地域で同じ題材の絵柄を着る方もあることを
          前もってご了承くださいませ。
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by koubou-yoshizumi | 2005-09-13 20:26 | ●【工房芳純】とは。。。

絵刺子袢纏とは

~~ 工房芳純 旧ホームページ ヨリ ~~ 



 絵刺子半纏とは、纏でお馴染みの町火消達の防火服であり、
江戸後期から明治、大正、そして第二次大戦前頃まで形を変えながらも、
火消達の身を守ってきた衣服です。
 
  
 素材は、木綿の生地2~3枚を総刺して、
丈夫で水を含みやすくしたもので、
総型模様をあしらった物、紺地の背中に各組の大紋や
印を染め抜いた物などがありました。

 中でも、その半纏の裏側全面に絵の施されたものがあり、
現在特に 『絵刺子半纏』 と呼ばれています。

 
 その源は、幕末に町人達の間で流行した刺青文化だと言われています。
当時の世相では、刺青は決して陰湿なものではなく、むしろ明るく開放的で、
自己アピール的なもの、信仰心の表れ等であり天保の改革に対しての反骨、
反社会的な意味もあったようです。

そして、歌川国芳の描く「水滸伝」の流行が
さらに拍車をかけたといわれています。
 

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これらの刺青を特に好んだ町火消とは、
鳶職を中心とした男気のある
鯔背(いなせ)な連中です。

 度重なる大火の際、
見知らぬ人のために命をなげうって
火に立ち向かうその姿は、
何よりもかっこ良くて、
命をかけるに足る誇り高い
活動だったのです。
 

 その彼らが火に立ち向かう際に
着ていた刺子半纏の裏側全面に、
自分の刺青と同様、
自分の男気信仰心
に関係のあるもの等を
あらわしたものが 
『絵刺子半纏』 なのです。

 火事場に向かうときはを着て、
皆そろいの大紋で火に立ち向かい、
無事に火事を食い止めた際には、
半纏をひっくり返して裏側の自慢の絵を出して、
皆意気揚々と引き上げていったと
伝えられております。
 


 
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by koubou-yoshizumi | 2005-09-13 20:25 | ●【工房芳純】とは。。。