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半纏の歴史

半纏の歴史

  江戸時代、庶民は「羽織」を着る事をゆるされておりませんでした。 

襟を折ったり返したりする『法被』は『羽織』と同じとされており、
半纏と法被はこの点ではっきり区別されます。 

現在は法被と伴纏は混同されて呼ばれていますが、
本来は「祭り法被」 ではなく、
【祭り伴纏】が正しいとされています。



 伴纏は本来作業着ですから、主に木綿が使用されており
染色も天然染料の藍草の藍染めが主流でした。  
それから衿や背、腰に印を入れる『江戸町火消し半纏』や
『祭伴纏』のような印伴纏が流行します。 

集団で同じデザインのものを身にまとうことによって
作業着から「かっこいい!」というお洒落の一つになり、
集団精神や誇りを強くもつアイテムの一つに変化していきます。

 昔からの半纏が今、「心意気」「粋なもの」「いなせなもの」と
言われるのはそのような歴史があったからだと言われています。  

そして心意気の象徴として『江戸町火消半纏』、
『祭半纏』の印半纏が広く 普及するようになっていくのです。
 
by koubou-yoshizumi | 2007-01-03 22:59 | ●花坊♪(妻1号)のお勉強
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